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    逢想人 ( 1 )

     昼休憩の政務室で、夕鈴は黎翔と李順に茶を淹れる準備をしていた。
    「ひゃ、おっとっと、ふ~、危なかった。」
    額の冷や汗を拭っている夕鈴に李順が、
    「おっとっとじゃありません。貴女はまだ、お妃教育を受けたいんですか?」
    「いいっいいえ、結構です。茶器を落としそうになってしまったものですので・・・おほほほっ。」
    「壊さないで下さいよ。後数回で貴女の借金は無くなるんですから。貴女だっていい加減、家に帰りたいでしょ?」
    「え、夕鈴の借金終わっちゃうの?」
    「私の借金、本当に終わるんですか?」
    李順の言葉に、黎翔と夕鈴は驚き聞き返す。
    李順は平然と、
    「そんなに驚かれる事ですか?毎月きちんと返していけば、いつかは終わるものなんです。それが数カ月後というだけですよ。」
    黎翔は夕鈴に振り向き、
    「夕鈴!その茶器壊しなよ。借金無くなっちゃうよ。」
    「陛下、何言ってるんですか。誠実に、堅実にを旨に生きてきた私に、借金なんて許されないんです。これ以上、借金を増やすのは嫌です。」
    李順はご満悦顔で、
    「良い心掛けですね。残り数カ月、その調子で頑張って下さいよ。」
    「はい、頑張ります。陛下も今まで通り、バンバン演技しちゃって下さい。」
    「・・・・・・」
    鼻息を荒くし、胸の前で握り拳を作る夕鈴に黎翔は何も言えなくなった。夕鈴は借金が無くなる、という事に喜びながらも、“己の想いを隠し通さなければ”と決意を固くしていた。

     それから借金が終わるまでの数ヶ月間、夕鈴はお妃演技に気合を入れ、官吏達には今まで以上にお妃らしい笑顔を向けるが、方淵との睨み合いは依然変わらず続けられた。黎翔が抱き寄せれば顔を赤くし初心な反応を見せ、それでも以前に比べ、それなりの呼応をする様になっていた。恥ずかしがりながらも仲良し夫婦の、妃らしい演技を続ける夕鈴に、黎翔は甘い笑みを向けるが、内心は複雑な思いで過ごす。

     夕鈴が後宮を去る日を迎える数日前の夜、侍女を下がらせた夕鈴の私室には、夕鈴と黎翔、それと李順の3人が居た。どの様に夕鈴が居なくなった事にするのかを話し合う為だ。
    「夕鈴殿が陛下のご不興を買い、手打ちになったという事では駄目なのですか?」
    李順の意見に黎翔は即反対する。
    「今まで寵愛を一身に受けていた妃が、たった1度の不興で手打ちだなんて不自然だよ。」
    「しかしバイトを雇った当初の計画では、その様な筋書きだったのですよ?」
    「一カ月のバイトだったらそれも通るけど、彼女は長い間、他の妃はいらないと言われる程愛されてたんだよ。」
    「そうなんですよねぇ。バイト期間が長かったですからね。オマケに演技も過剰でしたからねぇ。」
    「大体さ、僕が夕鈴を手に掛けたなんて厭だよ。」
    黎翔と李順の会話を黙って聞いている夕鈴は、後数日で黎翔の元を離れなければならないという実感が、今になってやっと湧いてきた。彼女は俯き、
    『後数日・・・この想い隠し通せたわね。その日が来たら陛下の傍を離れて・・・もう会えなくなるのね。』
    己の想いに気付かれなかった事に安堵しながらも、寂しさは募る。顔を上げた夕鈴は黎翔の顔を見詰めていたが、彼が不意に振り向き視線が合ってしまい、思わず顔を逸らしてしまった。そんな彼女を見る黎翔の心境も、寂しさで一杯になっている。
    「李順、彼女は重い病に罹り、後宮を離れた事にしよう。」
    彼女を見詰めながら放たれた黎翔の言葉に李順は、
    「病ですか?しかしそれでは急に後宮を去るには、返って不自然になります。夕鈴殿が去られた後、陛下には彼女がまだ此処にいる、と見せ掛ける演技をして頂く事になりますよ。」
    「構わないよ。それなら妃は夕鈴只1人だと言い張る事も出来て、新しいバイトを雇う必要もないんじゃない?」
    「いつまでも言い張られても困るんですが。期を見て、陛下には何れ然るべき家柄の妃を娶って頂かなければなりませんからね。まぁ、新しいバイトを雇う必要がなくなるのは良い事ですが。」
    「それじゃあ、その手筈で事を進めよう。」
    「畏まりました。老師にも口裏を合わせる様にお願いしておきます。夕鈴殿、最終日は体調が思わしくないフリをして、早めに後宮に戻って下さい。」
    急に話を振られた夕鈴は、慌てて李順の方に顔を向けると、
    「あ、はい、解りました。」
    「本当に大丈夫ですか?貴女、ちゃんと話を聞いていましたか?」
    「はい、大丈夫です。最終日に具合が悪いフリをして、部屋に戻ればいいんですよね。」
    「そうです。しっかりと演技して下さいよ。では陛下、私は失礼しますが、陛下はまだこちらにいらっしゃるのですか?」
    「うん、そのつもりだけど。」
    「くれぐれも間違いは犯さないで下さいね。」
    「間違いを犯したら彼女は此処に居られるのか?」
    「陛下、駄目ですよ。彼女は臨時花嫁なんですから。」
    「臨時が本物になるだけだ。他の者から見れば何も変わらない。」
    黎翔は本気で語っているのだが、夕鈴は突然狼陛下に切り替わったそれを、いつもの妃を寵愛するフリの演技としか捉えていなかった。
    「陛下、こんな時に演技する必要無いじゃないですか。李順さんを困らせちゃ駄目ですよ。」
    流石に李順も、本気に捉えられていない黎翔に同情したいところだが、
    「そうですよ。今その演技は不要です。」
    黎翔の気持ちは解っているが、それを彼女に気付かれたくない李順は、全く見抜けない夕鈴に呆れながらも彼女の言葉に同意をし、
    「では私は戻りますが、陛下、くれぐれも!お願いしますよ。」
    黎翔に念押しをして部屋を出て行った。
    部屋には黎翔と夕鈴の2人きりになり、
    「夕鈴は家に帰ったらどうするの?」
    黎翔の問いに、
    「そうですね。まずはバイトを探さなきゃいけませんね。」
    「それなら今まで通り、臨時妃のバイトをすればいいんじゃない?」
    その言葉に夕鈴は視線を逸らし、困った顔をしながら、
    「陛下、元々は一月の予定だったんです。借金があるから居られただけなんですから、それが無くなったら帰るべきなんです。」
    「夕鈴・・・」
    顔を俯かせた彼女に黎翔は言葉が続かない。夕鈴はガバッと顔を上げると、
    「あ、後数日ですけど、最後までお妃演技がんばりますよ。何かして欲しい事とかあったら言って下さい。」
    「じゃあ君の手料理が食べたいな。」
    「手料理ですね。それなら早速明日作りますよ。」
    「うん、ありがとう。」
    「他には無いですか?」
    「う~ん、考えておくよ。」
    「はい。私に出来る事なら何でもしますから。」
    拳で胸を叩く夕鈴を、淡い笑みで見詰めていた黎翔は、
    「じゃあ、間違いを犯す前に、僕も部屋に戻るよ。」
    「はい。おやすみなさい。」
    「おやすみ、夕鈴」
    黎翔は夕鈴の部屋を後にし、己の私室に戻る回路で考えを巡らせる。夕鈴にして欲しい事。手料理もそうだが、それよりももっと切望する事がある。それを口にした時、彼女の反応はどうなのか。その結果によって今後の事がはっきりする。黎翔はその切望を、最終日に彼女に告げようと決意した。



    明日には借金の清算をし、夕鈴が実家に帰るだけとなる臨時妃最終日、夕鈴は計画通り体調の悪いフリをして、早めに私室に戻る。黎翔もそれに付き添うかの様に後宮に戻った。
    夕鈴は寝所に籠り老師を呼び、侍女にも体調が悪いと思い込ませる。黎翔も彼女の寝所に籠り、夕餉は粥を用意させた。頃合いを見て侍女を下がらせ、夕鈴は寝台から起き出て黎翔と話を始めた。
    「夕鈴、本当に帰っちゃうの?」
    「はい、長い間お世話になりました。」
    「帰ったら、もう僕とは会えなくなる。」
    「・・・陛下も本物のお妃様を迎える事を、そろそろ考えなきゃいけないんですよ。」
    「僕の花嫁は夕鈴だけだよ。」
    「それは今日までですよ。」
    その言葉で2人は黙ってしまい、夕鈴は黎翔に視線を移す事無く、話を誤魔化すかの様に、
    「あ、お茶淹れましょうか?」
    「そうだね。もう君の淹れたお茶は飲めなくなるからね。」
    夕鈴は茶を淹れながら、
    「・・・そうだ、陛下、演技夫婦も今夜で終わりですからね。もう今日は目一杯寛いじゃって下さい。私も頑張って付き合いますから。」
    「夕鈴、・・・本当に付き合ってくれるの?」
    「は、はい。勿論です。」
    「それならさ、この間夕鈴にして欲しい事聞かれたよね?」
    「ええ、何かありましたか?」
    黎翔は夕鈴に歩み寄り、彼女の手から茶器を奪うと卓に置き腰を引き寄せ、
    「君を抱かせてくれ。君が此処に居たという証が欲しい。」
    今迄子犬だった黎翔が狼の、熱い眼差しで彼女に迫る。
    「だだだ抱かせてって、何言ってるんですか?いつも勝手に抱き寄せてるじゃないですか。今だって・・・」
    「その抱くではない。君と契りを交わしたいと言っているんだ。」
    「ち、ちち契りって・・・」
    「刻みたいんだ、私の花嫁だったという事を。夫婦として愛し合い、君自身に私の痕を残したい。」
    黎翔は、赤い顔で眼を回している夕鈴の頬を両手で包み、
    「今宵はまだ、君は私の愛おしい妃だ。」
    ゆっくりと顔を近付け、彼女の唇に触れる程度に口付けを施し、
    「君にして欲しい事だ。私に抱かれてくれ。」
    黎翔の哀願する様な表情と声で、夕鈴には言い様の無い気持ちが湧き上がるが、
    「陛下、ごめんなさい。そのお願いは、私には叶えられません。私は偽物の花嫁です。だから私に出来る事ではないんです。」
    黎翔を見上げる彼女の眼には、涙の泉が出来上がった。黎翔はその涙を親指で拭い、
    「どうしたら君の全てを私のものに出来る?」
    「全て?」
    「君の心も体も、未来もだ。王として命令すれば君はここに残り、手に入れる事が出来るのか?」
    「陛下は私にそんな命令はしません。陛下が手に入れるのは、美貌も教養も持ち合わせ育ちの良い貴族の、本物のお妃様です。」
    「その様な娘は、私が望む者ではない。私は君が良いんだ。」
    「・・・きっと新しいお妃様と過ごせば、陛下もその方を愛しますよ。」
    頑なな彼女に、大きく溜息を吐いた黎翔は、
    「そうか、君の気持ちは解った。無理な事を言ってすまなかったな。」
    「はい・・・」
    「せめて今夜は、朝まで話をしようよ。」
    狼陛下だった黎翔が、不意に子犬に切替る。
    「そうですね。あっ、でも明日の政務に差し支えるんじゃないですか?」
    「サボって昼寝するから大丈夫だよ。」
    「駄目ですよ、お仕事をサボっちゃ。」
    「はははっ、最後まで君らしいね。」
    それから2人は、空が白み始めるまで思い出話に花を咲かせた。
    「そろそろ部屋に戻るよ。李順が変な勘繰りをするからね。」
    「陛下、私は陛下のお傍に居れなくても、ずっと陛下の味方ですから。貴方の事は忘れません。」
    「僕は君を忘れたいよ。」
    「え・・・」
    「忘れなくちゃ心が押し潰されそうだ。それに君が居なくなったら、何れ僕は本物の妃を娶らなければならない。世継ぎの為にその娘を・・・抱かなければならない。義務的にね・・・。君を思った儘そんな事出来ないよ。でも、忘れる事なんて出来ないんだろうけどね。」
    「私・・・あの、いえ、ありがとうございます。演技でもそう言って頂けて嬉しいです。」
    「演技じゃないよ。演技なんかじゃない。僕の本当の意味での妃は、君だけだよ。」
    夕鈴は黎翔の顔を見ない様に俯く。彼の寂しそうな表情を見てしまったら、流されてしまいそうだからだ。
    「陛下、お部屋に戻らないと夜が明けてしまいます。」
    「そうだね。またこんな事言っちゃってごめんね。見送りには行くよ。後でね。」
    「はい・・・」
    黎翔の背を見送った夕鈴は、涙を堪え実家へ帰る準備を始めた。
     昨晩と同じ様に寝所で朝餉を済ませた夕鈴は、使用人の通用口から実家へと帰る。外套で顔を隠した黎翔と李順が見送り、別れの挨拶をした夕鈴は踵を返し、王宮を後にした。


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    Author:美夜
    管理人は熱しやすく冷めやすいです。飽きるのが早いです。長続きしないと思われますが、どうぞそれまでお付き合いください。

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