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    偽りの代償 ( 1 )

     いつもの様に立入禁止区域内の掃除をしていた夕鈴だが、それは老師の何気ない一言から始まった。
    「掃除娘、お前さん最近様子が変じゃのう。」
    「へ?どう変なんですか?」
    「何か悩み事か?よく溜息をついとる。」
    「べっ別に悩みなんてないですよ。少し疲れているのかしら。」
    「本当にか?陛下が様子を見に来られた後、後ろ姿を見詰めては、胸に手を当てて溜息をついとるんじゃぞ?」
    「・・・私、そんな事してましたか。」
    「なんじゃ、やっとその気になったのか?」
    「はい?その気?」
    「誰がどう見ても恋する乙女じゃな。愛おしい人を想い憂いとる顔じゃ。」
    「・・・・・・」
    「陛下をお慕いしとるんじゃろ?お前さんは唯一の妃じゃ。何も隠す事はあるまい。」
    「・・・私は雇われた臨時花嫁ですから。」
    「なに、臨時だろうと御子を産んでしまえば良い。さっさと陛下を誘惑するんじゃ!」
    「ゆっ誘惑なんて、出来る訳ないじゃないですか!私には無理です。」
    「試しもせんで無理がどうか解らん。いっちょ今夜誘ってみたらどうじゃ。」
    「はぁ~試すも何も・・・老師、この事は誰にも言わないで下さいね。李順さんには以前、釘を刺されてるんですから。」
    政務室に戻ろうとしていた黎翔の耳に、老師のその何気ない一言が聞こえ、彼は入口の外側で身を潜め、その会話を聞いていた。あれ程己の気持ちに気付いて欲しいと想っていた彼女が、やっと己に眼を向けてくれたのだ。
    『夕鈴が僕を・・・。これで心置きなく彼女を本物の妃に・・・』
    黎翔は幸福感に満ち、彼女を抱き締めたいという気持ちが逸り、姿を現そうと足を一歩前に出した。しかし、ふと冷静に現状を見詰め直す。
    『・・・彼女を本物にしたらどうなる?正妃にすれば、今以上に危険が伴う。それとも、別の娘を正妃として娶る姿を彼女に見せるのか?』
    暫く考え込んだ黎翔は、
    『これ以上、想いが深まってしまう前に・・・』
    黎翔は夕鈴に姿を見せる事無く、政務室へ引き返した。
     政務室に戻った黎翔は即、李順に向かい、
    「李順、少し話があるんだが。」
    「はい、何でしょう。」
    「急ぎではない故、仕事が終わったら私の私室に来てくれ。」
    「畏まりました。」
    李順は思い詰めた表情の黎翔を疑問に思いながらも、いつも通り政務を熟していった。

     政務が終わり私室に移動した2人は人払いをし、本題に移る。
    「陛下、何か重要な話ですか?」
    「・・・夕鈴を帰らせる。」
    「はい?休暇という事でしょうか。」
    「いや、バイトを辞めさせるという事だ。」
    「どうしたんですか?急に。また何か揉めたのですか?」
    「別に何もない。お前の言う通り、早く彼女を逃がしてやった方が良いと判断しただけだ。」
    「陛下からそう言って頂けるのは、私としては喜ばしいですね。借金はどうしますか?」
    「次の清算で完済する事にして帰してやれ。」
    「掃除婦のバイトも辞めさせますか?」
    「ああ、彼女も臨時花嫁のバイトが終了して於きながら、顔を合わす距離には居たくないだろう。」
    「それもそうですね。では明日にでも、私の計算が間違っていた事にし、夕鈴殿にお知らせします。」
    「ああ、頼んだ。」
    私室を後にした李順の気配が消えると、
    「本当にこれで良いんだろうか・・・。」
    黎翔は天井を見詰め、彼女の姿を思い浮かべながら呟いた。



     翌日の昼餉後、李順は立入禁止区域で掃除をしているであろう夕鈴の元へ向かった。そこで彼女を見つけた李順は、
    「夕鈴殿、少々お話したい事があります。」
    夕鈴は掃除の手を止め、李順に振り返り話を聞く。卓に腰掛け書に目を通していた老師も顔を上げる。
    「はい。何ですか?」
    「実は貴女の借金は、次の清算で終了となるんですよ。私の計算が間違っておりまして、お知らせするのが遅くなりました。」
    「え、本当ですか!」
    「嘘を言ってどうするんです。私が貴女の借金を負ける筈等ないでしょう。バイト最終日の翌日、朝餉を済ませたら直ぐに清算しますので、帰る準備をしておいて下さい。」
    「はいっ。解りました。」
    「話はそれだけです。最終日までしっかりとバイトに励んで下さいね。では私は戻りますので。」
    「はい、ありがとうございます。」
    李順を見送った夕鈴は両手を上げ、
    「やっと借金生活から脱け出せるのね。嬉しい~。」
    喜んでいる夕鈴に、溜息を吐いた老師は、
    「お主、バイトが終わるという事は、もう陛下とお会いする事が出来なくなるのだぞ。」
    「そっそうでしたね・・・でもっ・・・仕方ないですよ。私は雇われ妃なんですから。いつかはこうなるんです。」
    「馬鹿もん!なにを弱気な事を言ってるんじゃ!今からでも遅くない。陛下を誘惑して、さっさとお子を宿してしまえ!」
    「ですから無理ですってば。私は庶民の娘なんですよ?財力でも権力でも、陛下のお役に立てる事なんて何も無いんですから。」
    「馬鹿モン。陛下はお主にそんな物を望んでおらんわ。お主は只、陛下のお傍に居て癒して差し上げれば良いだけじゃ。」
    「役にも立たないで、只甘やかされて傍に居るだけなんて、私が嫌です。それに・・・どこに居ても陛下の味方でいる事は出来ますから、私はそれだけで充分です。」
    涙に堪え作り笑顔を向ける夕鈴を見詰めていた老師は、これ以上、どう煽れば良いのか言葉が見付からなかった。



     臨時花嫁最終日の翌日、夕鈴は朝餉を済ますと借金の清算をし、残りの給金を受け取ると、使用人の通用口から王宮を後にする。勤めに上がる時に持参した、片手で持てる程度の荷物を持ち実家へ帰るのだ。
    彼女は後宮の出入口まで見送りに来た黎翔に、
    「それじゃ陛下、お元気で。あの、覚えていて下さらなくても良いんですけど・・・私は何処にいても陛下の味方ですから。」
    黎翔は、瞳に涙を溜め笑顔を向ける彼女を抱き締めたいという衝動に駆られたが、拳を強く握り締めそれに耐える。
    「ありがとう夕鈴、元気でね。」
    君を忘れないとは言えなかった。忘れなければ、世継ぎの為に他の女を抱く事など出来ないからだ。
    夕鈴の後ろ姿が見えなくなるまで見送った彼は、掌を開きそこを見ると、爪が食い込んだ傷があり、そこから血が滲んでいた。



     妃が後宮から去ったという話はすぐに広まり、数日後には縁談話が殺到した。夕鈴以外に関心を示さない黎翔にとっては、妃など誰でも良い。妃自身に求めるものなど何もない。求めるのは財力、権力があれば良いのだ。
     これ以上、縁談話を退けられないと判断した李順から、
    「本日も数件、謁見の申し出がございます。どれも縁談話だと思われますが如何なさいますか?これ以上、理由も無く退けるには無理があります。」
    「氾の娘を推す者が多いのであれば、それで決めて構わん。もう見合い話などウンザリだ。」
    「取り敢えず妃妾となさいますか?」
    「氾の娘は正妃の第一候補だ。正妃にしてやれ。」
    「はい?そんなあっさりと正妃を決めてしまって宜しいんですか?」
    「同じ事を言わせるな。見合い話などウンザリなんだ。氾家なら権力も財力もある。お前にとって充分に満足いく相手だろう。」
    「確かにそうですが、娶るのは陛下なんですよ?」
    「ふん、それなら私が自由に決めても文句を言わないのか?相手が夕鈴でもか?この話は終わりだ、下がれ。」
    「陛下の仰りたい事は解りますが、陛下のお立場を盤石なものとするには必要な事です。私は陛下の為を思い進言しているまでです。それでは失礼致します。」
    李順が部屋を去った後、
    「そこまでして国王で居続ける事に、なんの意味があるんだろうな。」
    黎翔はぼんやりと窓の外側に広がる、己の心を表しているかの様な、どんよりと重い雲に覆われた空を眺めていた。


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    Author:美夜
    管理人は熱しやすく冷めやすいです。飽きるのが早いです。長続きしないと思われますが、どうぞそれまでお付き合いください。

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